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2016年04月28日

スペシャルピースになれ

野球は一人じゃ出来ません、ましてや9人でも出来ません。

レギュラーに加えてベンチに座っている誰もが戦力でヒーローになる

可能性を秘めています。

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一昨年指名のドライチ、野間くんは実質的には初のファーム落ちですね。

しかし、ファームで試合に出続けていた方が彼の野球人生にはプラスになると

思います。

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自分が成りたいプロ野球選手と自分が成れるプロ野球選手は違うかも知れません。

まずはファームで自分の立ち位置を再確認してカープに必要不可欠なスペシャルピースに

なって欲しいですね。

足が速い、肩が強い、守備が良い、ミートがうまいどれもがセールスポイントですが

それが必要とされる場面でどう活かせるか。

そのための下積みを今しておけば一軍に上がった時には今よりも使える戦力になると思います。

ファームでの日々も決して回り道ではない。

私はそう思います。

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posted by 和をん at 15:44| Comment(0) | 野間 峻祥 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カルロスと呼ばれてた

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本名は仲尾次・オスカル・正樹、生粋の日本人だがブラジルはサンパウロ州

サンパウロ出身のサウスポー。

ジャパニーズ・ドリームを掴むべく海を渡り日本へ来たオスカル。

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早々とプロ初勝利を同期新人一番乗りしたドラ6を由宇で見ました。

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投球自体は見ていませんが、早くもチームに溶け込んでいました。

その立ち振舞には真面目で精悍な印象を受けました。

左腕投手が中々育たないカープですが、有望な左腕がいます。

ファームで切磋琢磨して経験と実力を上乗せして一軍の痺れる場面に

また帰って来て欲しいですね。

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選手間では何故か「カルロス」と呼ばれていました。

私ら世代はカルロスと言えば1986オメガ脂肪酸トライブ

カルロス・トシキさんかなぁ。

”君は1000%”カラオケで歌ったっけ。

横道に逸れましたが、頑張って欲しいですね、カルロスには。
posted by 和をん at 15:25| Comment(0) | 若鯉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月27日

新井さんおめでとう それしか無い

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今、新井さんに言う言葉は「おめでとう」しか有りません。

新井さんおめでとう!2,000本安打おめでとう。

私が新井さんを生で見たのは山口市の西京スタジアム。

対近鉄バファローズのオープン戦だったと記憶しています。

新井さんは当時背番号00の嶋選手とファーストの控えだったと

思います。

殆ど印象に無く、ミンチーが投げて近鉄には磯部選手がいて、

野村謙二郎さんや木村拓也さんが居たという記憶しかないです。

その後、時は流れ再び彼を見たのが2007年。

カープの4番バッターになっていました。

試合を見ていると後のオバちゃんが「アライ〜ィ」って絶叫していたのを

覚えています。

そして2007年9月1日にはツーアウトから四球を選び、5番の前田智徳さんに

打順を回し、この回の9人目の打者となった前田さんが2000本安打を打ちました。

あれから9年も経つのですね。

因みにその時の投手が今はカープにいらっしゃる久本祐一投手でしたね。

その日は前田さんの2,000本安打まであと一本とのことで球場は超満員。

その広島市民球場前では応援団の方々やファンの有志が新井さんのFA移籍を

思いとどまらせるべく、署名活動をされていました。

そして、秋が来て私は妻と秋季練習が行われていた大野練習場に出かけました。

そこで初めて新井さんからサインを貰いました。

ファンの方々は口々に「新井さん頑張ってください、残ってくださいカープに」と

それに新井さんは肯定でも否定でもなく鼻をクスンクスン言わせながら俯いていたと

記憶しています。

その日は新井さんにとっての秋季練習の最終日、新井さん一人だけが練習着ではなく

白いカープのホーム用ユニフォームで練習に臨んでいました。

翌日からはWBCの合同練習に合流すべくチームを離れる時でした。

そこに居たファンは複雑な思いでいたことでしょう。

それから程なくして涙のFA宣言。

何で?何で阪神に行くん?あんた〜カープに育てて

もらったんじゃろうが。

恩を仇で返すんか〜広島に、生まれた土地に後足で砂をかけて

行くんか〜

私はそう思いました。

それからは新井さんは味方ではなく敵。

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阪神ファンの知り合いからは「ありがとう〜4番をふたりもくれて」と

言われました。

その後、数年するとまた阪神ファンの知り合いが言うんです。

「新井返しちゃるわ〜いらんわあんな穀潰し」

彼が特別口が悪いだけかもしれません。

しかし、カープファンはホンマモンのカープファンは選手に対して

そんなことは言いません。

私はその阪神ファンに「出てったもんはいらん、今更どの面下げて帰ってくるんか」

そう言いました。

心のなかでは「言わんこっちゃない、カープにおったほうが良かったろうに」と思いました。

しかし、現実は違っていたんじゃあないかと今は思います。

阪神に行ってなければ、阪神で4番を打たなければ今日の2,000本安打は無かったの

じゃないかと思います。

阪神ファンの阪神という球団の厳しさがあったことで野球人新井貴浩は成長し今日を

迎えたんだと確信しています。

ファンも彼の同期、先輩、後輩とも彼を悪くいう人は少ないと聞いています。

それが新井貴浩なんだと。

愚直な選手が一人ぐらい居ても良いんじゃないかと。

そんな選手がカープの選手で居てくれてカープファンとしては嬉しいです。

これからも頑張れ新井貴浩!

愚直に只管真っ直ぐ自分らしく進め!
posted by 和をん at 10:57| Comment(2) | 新井貴浩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月17日

しあわせ未満

昨日行った衣笠さんの講演会は来場者に抽選でサインボール5個、

サイン色紙3枚、サイン本2冊の計10アイテムがプレゼントされました。

抽選方法は、パソコンのソフトで番号がランダムに出るというもの。

番号はそれぞれが座った席に振られた番号です。

200人位の来場者で10人ですから確率は1/20。

まあ見事に当たりませんでした。

と言うかやっぱり人生ってツイている人とツイていない人の二通り。

私が座った机には7〜9番が振り分けられていて最初に私が席に着き

9番の席を選び、続いて7番の席、真ん中の8番の席が埋まりました。

そして何と8番の席の方はサインボールが当たり、7番の席の方はサイン本が

当たりました。

一つの机から2名も当たりを輩出して外れたのは私一人。

行いが悪いのか、運が悪いのか。

最近は色々運が無いです。

あ〜しあわせ未満かな〜。

まあ元気で生きていることが一番の幸せなんですが。
posted by 和をん at 17:53| Comment(0) | 広島東洋カープ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東洋証券プレゼンツ「夢に向かって」鉄人はこうして創られた

高校からプロ野球界に。

そこには大きな壁がありました。

平安高校進学はスンナリ許してくれた父親がプロ野球界に入ることには

猛反対。

衣笠さんが進む道は大きく分けて3つ。

大学野球、社会人野球、そしてプロ野球。

大学は学力が心配されたが大学側からは勉強は心配ないからと言われ父親は

その気になっていたそうです。

大学に行ってからでも遅くはないのではないかと。

それが衣笠さんにとっては大きな違いが有りました。

当時のプロ野球選手の選手寿命は32〜33歳くらい。

大学に行ってから入団すると10年程度しか働けないし、入ってすぐに

レギュラーになれるとも限らない、衣笠さんに取って大学の4年間は遠回りでしか無い。

衣笠さんが入らないと決めていた球団は二つ。

森さんがいた巨人と、野村さんがいた南海。

キャッチャーで入団した場合、この二つの壁は越えられないだろうと。

そして選んだのが広島東洋カープ。

当時のカープの正捕手、田中尊さん。

山本浩二さんが少年時代にサインを貰い憧れた選手ですが捕手としてカープの

出場試合数は歴代1位ですが、通算打率は2割に満たず、ホームランも1429試合

出場で8本と打撃成績は投手並みでした。

そこで打撃に自信のあった衣笠さんは勝てると思ったのでしょうね。

そして何とか父親を説き伏せてカープに入団した衣笠さんはそのことが後に

田中尊さんの耳に届き怒られたそうです。

カープ入団後の衣笠さんを育てたのは球界の寝業師と呼ばれた当時の監督である

根本睦夫さんであり、コーチとして招聘された関根潤三さんや広岡達朗さんでした。

打撃コーチに就任された関根潤三さんに衣笠さんが最初に問われたのが

「キヌ、打撃のどこで悩んでいる、打撃フォームを連続写真で10枚並べたら

どの部分だ?」だったそうです。

漠然とした問いかけで禅問答みたいですね。

考えに考えて「(6枚目ぐらいの)インパクトの瞬間です」と答えると返って来た

言葉は「そうだろうな〜だからダメなんだよ」と。

正確なインパクトに大切なのはその前の場面、その前の場面を支えるのはまたその前の

場面、と考えていくと結局は一番最初の構えがダメだと以降は立て直せるはずがない。

結局は構えが大切だと悟ったとのことでした。

守備においては広岡達朗さんは最初は簡単な真正面のゴロしか打ってくれない。

その基礎練習の反復だったそうです。

守備の基本はそこにあり、真正面のゴロを正確にさばき、正確な送球が出来ないうちは

左右のゴロなんて練習しても意味が無いと。

少年野球も高校野球も大学野球もそこが守備の基本で違うのは打球の早さだけだと。

関根潤三さんも広岡達朗さんも基本を教えその反復の大切さを教えてくれたそうです。

基本は迷った時、困った時に帰ってくる場所、つまり基点ということなのです。

戻る場所があればそこからやり直せるってわけです。

これは野球に限らず全てのことに通じるのではないでしょうか。
posted by 和をん at 11:46| Comment(0) | 広島東洋カープ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする